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プロローグ
1月11日 磔磔でこまっちゃクレズマに飛び入りゲスト出演。が、ホテルで寝過ごして最初の出番に現われず、2ステージ目のみの参加。道に迷って打ち上げにも現われず。
1月14日 江古田バディで鈴木常吉とデュオ。しかし、鈴木常吉に連絡したのが当日の夜7時だった。しかも泥酔していたため、鈴木常吉が到着する前にライブは中止になる。
1月15日 大原裕オクテット3日連続ライブの初日、江古田バディ。しかし、連絡不足で8人そろった日は無かった。しかも4時入りのところ6時半頃やってくる。
1月16日 関内エアジン。昼間大原から電話がかかってきた。「実はな、今日のライブ、エアジンだったんや。」‥‥知ってます。大原は今日がPIT-INNだと思っていたらしい。メンバーが誰も知らない曲を本番中に突然やる。
1月17日 新宿PIT-INN。休憩時間に吐く。それでも後半のステージで飲み続けていた。ひとりだけ別の曲を吹いていた。
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2月7日
名古屋のTOKUZOで大原裕セクステットのライブ。朝9時前に家を出て10時10分に東京駅を出る名古屋行きのハイウェイバスに乗る。途中池袋で帰りの深夜バスの指定券を買う。大原に交通費は出すので新幹線より安いバスで来て欲しいと言われていたからだ。午後4時頃TOKUZOに着く。一応4時入りと大原に言われていた。到着してすぐに、メンバー変更の連絡が大原から店にあったか聞いてみたが、連絡は無いとのこと。1月のライブの時に、つの犬と松永は名古屋の話を聞いていないことが発覚して、つの犬の代わりのドラマーを探すことと、TOKUZOに連絡することを大原は約束していたのだが。店にはとりあえず事情を話し、大原が来るまで今日の編成がわからないことを伝える。まもなく中尾と桜井がやってくるが、大原は来ない。12月にTOKUZOでやった大原のブラスバンドのライブの時にも本番直前に来たということを店の人に聞いたので、とりあえずサウンドチェックを3人でする。ドラマーが来ないことも想定して、中尾がドラムを叩いてチェック。夕方6時に開場、3人で食事に出る。6時40分頃TOKUZOに戻るが、まだ大原は来ていない。開演の時間が近づいているので、30分押しにしてもらう。それでも大原が到着しなかった時のために、大原が来るまでのつなぎで3人で演奏しようかという話になり、3曲くらいならできるかなと曲をリストアップする。7時を過ぎて、TOKUZOのPAの碓井が大原の大阪の実家に電話してみる。お母さんが出て、大原は9日に名古屋のライブがあると言っていた、今日は引っ越しをしている、とのこと。ということは、今日は3人だけだ。あわてて店長の森田と対策を検討する。結果、3人でライブをやることにし、帰るお客さんには料金を払い戻す、そして聞いてくれるお客さんは3000円のチャージを2500円にする、ということにした。問題はぶっつけ本番で2ステージできるだけの曲があるかということ。中尾はクラリネットしか持ってきていないし、桜井はエレキのみ。ストラーダの曲でも演奏可能な曲は限られる。しかも久しくストラーダのライブをやっていないので楽譜がないと思いだせない曲が多い。せめてリハができれば‥‥。そこで、ストラーダの曲、大原の曲、1月下旬に桜井と僕のデュオでやった曲など演奏可能な曲をフルにやり、足りない分はそれぞれソロを1曲すつやって、何とか間に合わせた。お客さんはほとんど残ってくれてたようだ。感謝。そして暖かい対応をしてくれたTOKUZOにも感謝。ライブ後、店長のおごりのビールを急いで飲んで、11時名古屋発の夜行バスに乗る。熟睡してしまって、東京駅で運転手に起こされたのが恥ずかしかった。
「僕の身上は『でたらめ』ですから。これでいいのだ。」(大原裕)